Wien Tour 
   BGM:美しく青きドナウ

ウィーン・ツァー

★2008年1月6日、まだニューイヤーコンサートの余韻の残るウィーンで行われたJapan Festivalに、アンサンブル・フローラが参加してきました。会場は楽友協会と並ぶ伝統を誇る、ウィーン・コンツェルトハウスです。ベニスの時と同様に、ウィーンにはエレクトーンがありませんので、今回もエレクトーンを空輸してのコンサートとなりました。しかしどの航空会社も重量制限が10月頃から急に厳しくなったため、重たいエレクトーン3台を空輸することが、この時点で不可能となりました。そこで急に浮上したのが、D−Deckという25キロの軽いエレクトーン。しかしフローラはまだ誰も、このD-Deckを持っていないので、どうするべきか困っている時、ヤマハエレクトーン企画部の方がこの事態を知り、協力して下さいました。その結果、今回の活動は「DーDeck プロジェクト」として承認され、D−Deck3台を海外に貸し出していただくことが出来ました。さらにヤマハ渋谷店のスタッフが一名、楽器輸送とセッティングのために同行して下さいました。そのおかげで、新しい日本の文化の紹介ということで、外国の方々にエレクトーンのアンサンブルの魅力を十分楽しんでいただく事ができました。この急な事態に迅速に対処して下さったヤマハエレクトーン企画部と、ヤマハ渋谷店の皆様に、心より感謝申し上げます。
ツァーの様子は、フローラ旅日記でお楽しみ下さい。
 
フローラ旅日記
<登場人物>
フローラ
 小林直子、庄司陽子、蓮沼純子。
(夢を実現させる根性のミュージシャン)
 
海東君
 フローラのファンクラブ組長で、今回のツァーの発起人
  (企画力最高、気配り抜群)
 
ミヤ
 ベニスツアーの時以来フローラの海外公演担当マネージャー
 (現在は日本在住の大切な友人)
 
藤井君
 ヤマハ渋谷店主任
(若々しくフットワーク抜群の、さわやか体育系)
 
1月4日(金)
海東君、藤井君の立会いの下、今回全ての望みを託した楽器、D-Deck3台は、一足先に、成田空港からウィーンへ。
 
1月5日(土)
アンサンブル・フローラのツアーメンバーは、今回は20人。みんなお正月気分を振り払いながら、時間厳守で必死に9時20分に成田空港に集合しました。そして午前11時50分発のオーストリア航空にて、他のJapan Festival参加グループと共に、ウィーンへ向けて飛び立ちました。参加団体は、私達フローラの他、ビオリラ、邦楽、合唱団等で、演奏者はお互いに、どのようなパフォーマンスを用意しているのかと考えると、ワクワクドキドキしながらも初めての舞台に期待に胸が膨らみます。
 
 また旅行者の方々は長いフライト時間を生かして、これから始まるウィーンとプラハ旅行に夢を膨らましつつ、ガイドブックを入念にチェック。やはりお土産品や、食物の話になると、すごい盛り上がりで、全員以前からのお知り合いのような、良い雰囲気が生まれました。さすがに到着時間が近づいてくると、フローラは一応楽譜を出してチェック。そういえば年末以来練習が出来なかったことを思い出し、にわかに3人で楽譜を見ながら歌ってみたり…。(ともかく到着翌日が本番なんですからオソロシイ!)。
 
 そして16時ウィーン到着。海東君が出迎えてくれて、すごくほっとした気分になりました。外へ出ると、この日はとても気温が低く吹き飛ばされるほどの強風で、やっとの思いでバスにのりこみ、ホテル・シェーンブルンへ向かいました。ホテルでそれぞれのお部屋にチェックイン。ここはもと貴族のお屋敷だったそうで、クラシックな落ち着いたお部屋です。古いお屋敷なので、鍵やドアノブなど少々難ありでしたが、天井は高く、シャンデリアが優雅に美しく、広々としていて貴族の気分が味わえそうです。
 
 しかしまだ一日は終わりません。明日に備えて、希望者は、今日のジャパンフェスティバルを下見に行くことになりました。日本時間ではもう翌朝の3時頃、でも会場を一目見ようと根性で地下鉄に乗り、コンツェルトハウスへ向かいました。ここは、2年前ベニスのジャパンフェスティバル参加のあとツアーの皆さんとウィーンへ回り、まさか今回演奏するとは考えずに見学したホールでもありました。
 
 今日はコカリナという楽器の演奏グループのステージです。コカリナとは、オカリナではなく、竹で出来た小さな笛で、素朴できれいな音がしました。明日は自分達がこのステージに立つんだと思うと、身震いがして一気に眠気も吹き飛んでしまいます。明日はいよいよ本番!ともかく急いでホテルへ戻り、明日の衣装、楽譜、アクセサリーなど持ち物の点検をし、やっと就寝となりました。
 
1月6日(日) (本番前)
今日は朝からウィーン少年合唱団の出演する王宮礼拝参列、その後 J.F.のリハーサル、そして本番、最後はレセプションと大忙しの日です。
 
 まず早朝、みんなでバスにて王宮へ向かいました。礼拝堂の荘厳な雰囲気の中、礼拝が始まりました。そこで初めて聴くウィーン少年合唱団の美しい天使の歌声と、すばらしいオーケストラの響きは、私達の身も心も透明にしてしまうほど清らかで、又全身を揺さぶるような、深い感動がありました。礼拝の様子は後ろの席だと見えにくいので、数箇所にスクリーンと、大きな鏡も用意されていました。この荘厳な礼拝の印象は、今も心から離れることはありません。
 
 そしてその感動もさめないまま、次はJ.F.会場のコンツェルトハウスへ。ホールロビーにてJ.F.の参加者が集合し、主催者の橋本さんと総監督外山先生のガイダンスの後、グループごとに楽屋へ。ところが何とフローラの楽屋は、大きなシューベルトホールと聞いてびっくり!ここは今日使うモーツアルトホールと並ぶ、本番用のホールなのですから。しかし楽屋としてはどうも広すぎて…、結局緊張感ばかり高まるので、狭い部屋を見つけてこっそりフローラ3人は移動しました。(どうも貧乏性なのでしょうか?)
 
 出演者以外の皆さんが、ガイド付きで市内観光を楽しんでいただいている間、いよいよ私達はリハーサル。緊張の中、D−Deckは無事舞台の上に箱から出され、藤井君が楽器の脇に立ってスタンバイしてにっこり!さすがヤマハのスタッフがいると頼もしい。しかしその後のハプニングの続出により、彼の笑顔は消えたのでした。
 
 というのはリハーサル時間が電子楽器にしてはすごく短い上、フローラは自分のステージの他に、最後の合唱の伴奏もあるのです。その舞台を藤井君一人でセッテイングとその位置決め、配線の段取り、全て仕切らなくてはなりません。その上現地のスタッフにとっては、初めてみる楽器なのですから、伝達にも苦労があります。
 
 結局、リハーサルで弾く時間は少い上、問題山積み。ここはクラシック向きホールのため、音の反響がすごく、音がいくつもに分かれて聞こえて来るのです。何とかしなくちゃ!と舞台の上で必死にD−Deckの音を修正。しかしその直した音を確かめる時間もなく、リハーサルは終了。その結果舞台の隅で、ヘッドホーンを借りて、修正した音を再確認した所、今度は一曲だけ音が全部消えている!「なぜなんだ?」と問いかける暇もなく、冷や汗をかきながら音を作り直したという可愛そうな私達でした。
 
 でも「もうこれ以上怖いものはないわ!」という変な恐怖感を事前に味わったため、幸運にも本番の緊張感まで一気に吹き飛んでしまい、妙に落ち着く…。すると楽天的(?)な私達は、突然お昼を食べていない事を思い出し、配られたおにぎり弁当を一気に食べ終わると、今度は「本番は絶対うまくいく!」という何の根拠もない自信に満ち溢れてきて、フローラはいよいよ本番へGO!となったのでした。
 
(本番)
7時。いよいよ本番が始まりました。モニターのテレビを見ると外山先生の始めのご挨拶。会場はほぼ外国の客様で満席です。邦楽や合唱などのグループがいくつか出演した後、ヤマハのビオリラのユニット「リラスマイル」と「ヴィジョン」が登場しました。初めて海外で紹介するビオリラの響きに、会場は深い感動に包まれていました。そして邦楽、日本の合唱グループ、ウィーンの少年少女合唱団等の演奏が終了し、いよいよプログラムのトリはフローラです。
 
 これからが、ヤマハの藤井君の腕の見せどころ!フローラの紹介が司会者から始まると同時に藤井君と劇場スタッフが舞台へ飛び出し、3台のD−Deckを舞台袖からステージへ運びぶと同時に、複雑な配線を、すごい速さで繋いでいきます。その手際のよさは、リハーサルで細かく段取りをした努力の成果に、他なりません。
 
 観客がこれから何が始まるんだ?と期待する中、楽器がついにスタンバイ。いよいよフローラ3人は舞台にあがります。さすがに遠い日本から運び出し、今やっと目の前にセットされた楽器に座ると、感謝の気持ちがあふれてきます。「ここで失敗するわけには行かないわ!」と気持ちを冷静に、音を呼び出す。そして一曲目を演奏し始めると、リハーサルの時と響きが違うのです。音の修正がうまくいった事と、人が音を吸収した為、こだまするような音が消えていたのです。これで弾きやすくなったせいもあり、意外と冷静に演奏することが出来ました。
 
 曲はモーツァルト「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、ベートーベン「悲愴(第二楽章)」、外山雄三「日本の唄ラプソディー」、ヨハン・シュトラウス「ラデツキー行進曲」の4曲です。プログラムが進むと同時に気持ちも入り、舞台と観客席が一つの空気に包まれ、みんなで一緒に演奏しているような気持ちになりました。特に最後のラデツキー行進曲は、さすがウィーン!というスマートな手拍子が入り、感動のうちに弾き終わると客席からはブラボーの声が響く!そしてアンコールの拍手も続いたのですが、残念なことに、その時間はありません。最後に出場者全員による合唱があり、フローラがその伴奏をするため、又楽器の位置を変えなければならないのです。
 
 再び藤井君が登場し、あっという間に配置換え、そして合唱団がステージへ並びます。「さくら さくら」とモーツアルトの「アベ・ヴェルム・コルプス」を全員で合唱。ウィーンの少年少女合唱団も参加し、海外文化交流もさらに深まりました。
 
(レセプション&深夜))
ジャパン・フェスティバル終演後はコンツェルトハウス内でのレセプションディナーに全員が参加し、美味しいワインとお食事!この時のみんなの笑顔のすばらしいこと。演奏者も応援団も、皆一つの感動に酔い、喜び合い、最高のひと時をすごしました。全員に名前入りの参加賞をお配りし、その後バスにてホテルへ向かいました。その時はかなりの疲労感ではありましたが、まだ終わりません。終演後、楽器を片付けがあり、レセプションどころではなかった海東君と藤井君をお呼びして、チームヤマハの打ち上げです。再び皆で盛り上がり、3時頃まで宴会は続きました。翌日からは、心置きなく観光を楽しむことが出来そうです。
日本にしかないヤマハの楽器を海外に紹介するという目的は、会場での驚きと感動の反響の大きさを見ると、十分達成できたように思いました。
 
1月7日(月)
今日は、さわやかな気分で朝食。緊張感から開放されたせいか、昨日とは違う味がしました。ゆっくり朝食を楽しんだ後、市内観光に出発。雪の残るシェーンブルン宮殿をさくさく歩く。2年前イースターの頃に来た時は、お祭りのように外にきれいな卵のお店が並んでいたのですが、今回は印象が又違いました。その後 市立公演のヨハンシュトラウスの金の像で記念撮影。エリザベート通りのレストランにてウィーン名物シュニッツェルン、サラダ、アプフェル・シュトュルーデル(ウィーン風アップルパイ)をいただく。その後ツアーに協力していただいた方の免税店 「WALZ]でお土産を買い、念願のホテルザッハで、ザッハトルテを買う。そしてシテファン寺院を見学し、モーツアルトショップなどでも買い物をし、急いでホテルへ。時間がないので、珍しいケバブというボリュームのあるハンバーガーのようなものを駅前で買い、お部屋で食べました。その後大急ぎで正装に着替えて、バスの送迎付きでオペラハウスへ、バレエ「くるみ割り人形」を見に行きました。オペラ座はバルコニー席から天井にかけて、見上げるとため息が出るような、まばゆいばかりの豪華さです。オペラを見るということは、劇場を見ることでもあるんですね。貴婦人になった気分で優雅に「くるみ割り人形」のバレエと音楽を楽しみました。
 
1月8日(火)
朝食後、専用バスにてウィーンを後にし、最も美しい世界遺産といわれるチェスキークルムロフに向かいました。コンサートが無事終わった後のさわやかな気持ちと同じように、美しく晴れ上がった青空の下、チェスキークルムロフに到着。そこはまるでおとぎの国のよう。周りは丘陵に囲まれ、S字に曲がりくねったヴォルタヴァ川が、町全体を囲うように流れ、その中央に色鮮やかなチェスキークルムロフ城があります。美しい町並みは町全体が世界遺産となっています。
 
 チェコでは、プラハ城についで2番目に大きいお城です。
その外観には、ゴシック、ルネッサンス、バロックの建築様式がはっきり分かれたまま残されています。お城の中には、からくり仕掛けの沢山ある、古代のすばらしいバロック劇場も残されていて、現在も時々オペラが上演されています。自分の国を愛し、古い文化を大切にしていくという国民気質と、芸術に対する深い愛情が感じられる街でもあります。一時はヒットラーの時代の侵略により、廃墟にもなりそうな時代を経てここまで復興してきた歴史を考えると、色彩豊かなすばらしい景色も、「絵葉書のようにきれいだ」などという表現では片付けられない、哀愁も感じました。
 
 城内散策の後、お昼はちょっと薄暗い洞窟のようなレストランで、目を見張るくらい大きい魚のムニエルをいただきました。川に囲まれていて、大きな魚は豊富にとれるのでしょうか。その後は忙しく街を散歩。じっくり歩きたい街でしたが、時間が足りず、お店はウィンドウショッピングしただけに終わりました。名残惜しくチェスキーの情景を心に焼き付け、再びバスに乗り込み、プラハに向かいました。
 
 そしていよいよ憧れのプラハに到着、この日からお金もユーロからコルナに変わります。ホテルは今度は都会的なアンデルスホテルです。夕食はチェックイン後、ホテルで取り、その後夜景を見るため、初めてメトロやトラムに乗り、新市街へ向かいました。
 
 初めて見るライトアップされたカレル橋、プラハ城、ドボルザークホール、国民劇場、スメタナ像等を眺めながら、カフェでお茶をし、プラハに来たことをしみじみ実感したのでした。
 
1月9日(水)
 今日はホテルで朝食後、専用バスにてまずはプラハ城へ向かいます。プラハ城は、「フランチャニの丘」に堂々と横たわり、旧市街のヴァルタヴァ川畔のどこからでも見え、街のシンボルになっています。バスを降りて、初めて靴に滑り止めをつけ、ひんやりとした空気の中、少し凍ったような石畳の道をゆっくり歩いていくと、お城の正門に到着です。
 
 余談ですが、その門の脇に立っていた衛兵さんが、かなりのイケメンで、皆でしっかり記念撮影!それもそのはず、チェコの若者が衛兵の選考会に多数応募した結果、選ばれたエリートだそうです。
門をくぐると、まずそこには荘厳にそびえ立つ聖ヴィート大聖堂が聳え立ちます。あまりの大きさに写真は無理とあきらめ、空を仰ぐようにして、やっと全景を眺めました。ゴシック建築の教会の中でも、これほど尖塔の芸術性の高い物は珍しいとか…。
 
 中にはいると、ステンドグラスの光の美しさに目を奪われました。このガラス絵は全てアールヌーボー様式の画家により描かれた物で、人気のあるミュシャ(ムハ)の作品もありました。城内にはその他にも旧王宮、聖イジー教会、庭園など沢山の建物があり、お城というより、城壁に囲まれた大きな高台の街のような印象でした。
そして、お城の見晴台からプラハの街を見下ろすと、その歴史的な町並みが一望でき、世界遺産の重さを感じました。
 
 その後「王の道」を通り、カレル橋へ。この橋は、カール4世の命により1402年に完成した石橋で、橋の欄干に30体もの彫像が並び、それがどれも力作で彫刻の美術館いるようです。これが夕闇にシルエットとなると、また違った表情をみせ、一日何度も訪れる人も多いとか。古い時代に作られた橋でも、現在これだけの観光客が一度に渡っても、びくともしないというのが驚きでもありました。橋を渡り旧市街を歩きながら、市庁舎等を見て市民会館の地下にある食堂にて昼食。ここは憧れのスメタナホールの地下だと思うと、すごく感動!さすが落ち着いた雰囲気のレストランで、とても美味しいチェコビールや、ビーフカツ、ザッハトルテなどをいただき、次は免税店へ。そこでやっと見つけた、お目当ての絵の描いてあるガラスのつめ磨きや、ボヘミアングラス、名産のガーネットのアクセサリーなどを買い求めました。
 
 そして次は市内を歩き「アルフォンス・ムハ・ミュージアム」の見学へ。ムハは50歳になるまではヨーロッパやアメリカで活躍していましたが、アメリカにいる時、ボストン交響楽団の演奏で、スメタナの「わが祖国」を聴き、自分の残りの人生を、スラブの精神を芸術で表現する事にささげようと決心し、プラハに戻ります。そしてプラハ城の「聖ヴィート大聖堂」のステンドグラス、市民会館の「市長の間」の装飾、新生チェコスロバキアの貨幣のデザインなど、数多くの業績を残したという事です。ムハの気持ちを思いながら作品を見ると、ちがった感慨があります。
 その後 4時ちょうどに動くという 市庁舎のからくり時計を見るために走り続け、4時に滑り込んで何とか見ることが出来ました。(何か日本人らしいですね)。
 
 そして今度は急いでホテルへ戻り、夜はプラハ国立オペラ座にてバレエ「椿姫」を鑑賞。バレエで見るのは初めての人も多く、又クラシックな観客席や、珍しい個室席も体験できて感動。身体の動きもよく見えて、本当にステキなバレーでした。その後、気楽な街のレストランで夕食後、地下鉄でホテルへ。それにしても地下鉄のエスカレーターが、めちゃくちゃ速いのには皆びっくり!日本のエスカレーターを、しみじみ懐かしく思うのでした。
 
1月10日(木)
 今日は最終日。心残りのないように皆でプランを練り、まずは国立音楽博物館へ行きました。ここはもと教会でしたが、1818年から国立の音楽博物館として開館。古い時代から新しい時代までの楽器の変遷が、分かりやすく展示されていました。ピアノやオルガン、チェンバロ等はもちろんのこと、弦楽器、管楽器なども数多く、その楽器の管理は温度湿度等も完璧にコントロールされていて、その楽器の種類の多いことにも驚かされました。
 
 それからトラムに乗り、市内の景色を楽しんでいる最中、停留所で降りたところで交通事故目撃!目の前で観光客らしき男性が、トラムと衝突。エスカレーターと同じくトラムも速度が速く、乗客には冷たく、スピードも落とさないのです。海東君はますます心配事が増えてきて、乗り物の乗り方など、注意することも増えてきました。
 
 その後、スメタナホールのバックステージツァーへ向かいました。これは一日限定30人までらしいのですが、朝申し込んでおいたら許可されて、ラッキー!これこそ本当にめったに体験できるものではありません。毎年恒例の「プラハの春」国際音楽祭は、このスメタナホールで演奏される「わが祖国」で、開幕となりますが、そのホールのステージだけでなく、その奥にある普通は見られないすばらしいお部屋の数々を、全部案内していただけるのです。ワクワクしながらツァーに出発!
 
 スメタナホールの入っている市民会館の概観は、すばらしいモザイクが施された美しいアール・ヌーボーの建物で、その艶やかな色彩は人の目をひきつけます。そしてその中に入ると、外観に劣らない華やかなホールの美しさ、荘厳な雰囲気に圧倒されました。暗いホールの中に、天井から差し込むステンドグラスの光、その光の中にゆれるように映し出される壁や天井に描かれた素晴らしい絵画、まるで教会の中にいるような落ち着いた雰囲気もあり、うっとりとその場所の空気に包まれた私達でした。
 
 その奥を取り囲むようにある応接室、市長室、展示室、会議室には、チェコの歴史の壁画やムハの装飾品、数え切れないほどの絵画や手芸品等があります。まるで博物館や美術館にいるような楽しさがあり、最後の大広間に着いた頃には、バックステージだということも忘れるほどでした。
 
 その中のカフェで美味しいケーキでお茶をして一休み。その後、又トラムに乗り「モーツァルトの博物館」(ベルトラムカ)へ向かいました。ここはモーツアルトが住んでいたプラハ郊外の家でもある小じんまりしたかわいい邸宅です。モーツァルト通りと名前のついたマロニエ並木の石畳の上を歩くとき、古い時代に引き込まれていくような気がしました。
 
 モーツァルトは20歳をすぎた頃からウィーンでもザルツブルグでも後ろ楯を失い、苦しい生活をしている頃、プラハではモーツァルトを高く評価する貴族達が多く、その中でもドゥシエク伯爵夫妻は、自分の別荘のベルトラムカ荘を提供しました。この滞在中に、「ドン・ジョバンニ」、「フィガロの結婚」、交響楽38番「プラハ」等の作品をいくつも書き上げています。
そして「ドン・ジョバンニ」はプラハの国立劇場である「エステート劇場」にて、初めて上演され大成功を収めました。
 
 ベルトラムカには当時のまま、チェンバロ、直筆の楽譜などが展示されています。モーツァルトはプラハが好きで、何度も訪れては作品を残しましたが、彼が亡くなったことを知ったプラハの貴族達はウィーンとは違い、彼の死を悼み、盛大なミサを一流の音楽家によって行いました。プラハの人達に愛された幸せなモーツァルトの生活をそこでは知ることが出来ました。今でもここでは野外コンサートも開かれ、観光客の足が絶えることはありません。
 
 その後近くにある教会を見学後ホテルへ戻り、その「エステート劇場」へ、オペラ「ドン・ジョバンニ」を見に行きました。先ほど、モーツアルトの直筆の楽譜を見てきたばかりで、すばらしいタイミング!エステート劇場に入り、上を見上げるとバルコニー席も天井も、まばゆいほどの装飾が施され、その美しさに圧倒されます。又私達の席がすばらしい ど真ん中!もったいないような席から、憧れの作品を十分に堪能したあとは、優雅な貴婦人気分で最後の夕食へ。皆でステキなレストランで、旅の想い出をそれぞれに語りながら、プラハの町並みを懐かしく眺めつつ、美味しいワインとお料理をいただきました。
 
 今回は街でのお土産はあまり買う時間がなかったけれど、苦労してチケットを早くから確保してくれた海東君のおかげで、毎晩すばらしい席で、バレエやオペラを楽しむことが出来きたのですから、その影の苦労をみんなで感謝し、ご苦労様!の乾杯をしました。そして何よりも日本から応援しに来てくださった皆様のためにも、周りのバックアップのおかげで、アンサンブル・フローラのステージが成功の内に終わったことを、みんなで喜び又乾杯!さあ明日はいよいよ帰国です。旅の思い出を、今からしっかり荷作りです。
 
1月11日(金)
 ホテルで朝食後、バスにてプラハ空港へ向かい、そこから空路ウィーンへ。
そしてウィーンよりオーストリア航空にて成田へ向かいました。
乗り継ぎの関係で、空港でもあまり買い物は出来ませんでしたが、その反動からか、飛行機の機内販売で、思いっきり土産を買った人も多かったような…。
旅の疲れも一気に吹き飛ぶような、お土産タイムとなりましたが、それも良い想い出となりました。その後は心地よい睡眠タイム。皆さん どんな夢を見ているのでしょう!
 
1月12日(土)
9時30分成田着
皆で荷物を確認したあと、自由解散。本当にお疲れさまでした!
 
今回はヤマハの D−deck と ビオリラの演奏で コンツェルトハウスの舞台に立てた事はすばらしい経験でした。そこに到達するまでは、目的を達成するまであきらめず、あらゆる方法を考えてチームヤマハが一つになって協力しあった事が良い結果を出せたのだと思います。そして参加して応援してくださった皆様のおかげで、今回のツァーを成功することが出来ました。心より感謝申し上げます。そして長い日記に最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。
 
 今年はコンサートを予定していますので、その時に又お目にかかるのを楽しみにしております。
 
 
新しくフローラの写真サイトが出来ました。ツァーの写真は、是非「フローラ写真館』でご覧下さい。このH.P.のリンク集から、「フローラ写真館」へ入れます。
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Last updated: 2008/5/31

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